相続財産の確定-相続財産調査と財産目録の作成
司法書士田中康雅事務所
調査の開始と資料収集
故人の自宅や遺品の整理
大切な方を亡くされた悲しみの中でも、財産調査のために遺品整理をすることが必要です。故人の生活空間からは多くの財産情報が見つかることがあります。
重要書類の収集
通帳・キャッシュカード・郵便物(金融機関からの通知、固定資産税の納付書など)を丁寧に集めましょう。これらは財産の所在を知る重要な手がかりとなります。
その他の財産関連書類の確認
借用書、株式の取引報告書、自動車の車検証なども大切な財産情報です。引き出しや書類ケースなど、故人が大切にしていた場所を確認しましょう。
故人の財産を把握するための第一歩は、身近な資料の収集から始まります。遺族の方々が協力して整理することで、より正確な財産把握につながります。なお、故人が生前に財産リストや重要書類の保管場所をメモしていた場合は、非常に調査がスムーズになります。
財産調査の重要性
プラスとマイナスの両面調査
財産には預貯金や不動産などの「プラスの財産」だけでなく、借金や保証債務などの「マイナスの財産(負債)」も含まれます。両方を正確に把握することが必要です。
相続の判断材料
遺産分割協議の基礎資料となるだけでなく、相続放棄(すべての財産を相続しない)の判断にも直結します。特に負債が多い場合、この調査結果が重要な意思決定の材料となります。
リスク回避
調査を怠ると、知らないうちに多額の借金を相続してしまうリスクがあります。一度相続すると後から放棄することは原則としてできないため、初期段階での正確な調査が不可欠です。

調査を怠った場合のリスク:債権者からの突然の請求、相続税の申告漏れによる追徴課税、相続人間のトラブルなど、様々な問題が発生する可能性があります。特に、負債を知らずに単純承認してしまうと、相続人自身の財産で弁済しなければならない事態に陥ることもあります。
プラスの財産の調査① 不動産
登記事項証明書の取得
法務局で「登記事項証明書」を取得することで、故人名義の不動産を確認できます。本籍地や住所地の法務局で請求することが一般的ですが、全国どこの法務局でも取得可能です。
固定資産税課税明細書の確認
毎年4〜5月頃に送付される固定資産税の課税明細書には、所有する不動産の所在地や評価額が記載されています。故人の自宅に保管されていることが多いため、探してみましょう。
名寄帳の請求
市区町村役場の固定資産税課で「名寄帳」を請求すると、その自治体内にある故人名義の土地・建物をまとめて確認できます。相続人であることを証明する戸籍謄本等が必要です。
不動産は相続財産の中でも高額になることが多く、調査を慎重に行う必要があります。また、登記簿上の住所と現況が異なる場合や、相続登記がされていない「二次相続」のケースもあるため、実地確認も重要です。特に空き家や農地などは現地を確認することで初めて状態や価値が分かることもあります。
2026年2月2日からは、不動産の所有者ごとに名義のある不動産を一覧化した「所有不動産記録証明情報制度」が法務局で取得できるようになります。これにより、相続や売却の際に、全国の不動産を一括で確認できるため、調査や手続きが効率的になります。
不動産の評価方法は相続税の申告と遺産分割協議では異なる場合があるため、専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
プラスの財産の調査② 預貯金・現金
金融機関の特定
故人の自宅から見つかった通帳やキャッシュカード、銀行からの郵便物を確認し、取引のあった金融機関を特定します。インターネットバンキングを利用していた場合は、パソコンやスマートフォンの履歴も確認しましょう。
残高証明書の請求
特定した金融機関に「残高証明書」を請求します。請求には以下の書類が必要です:
  • 被相続人の死亡を証明する書類(除籍謄本など)
  • 相続人であることを証明する戸籍謄本一式(
  • 請求者の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
  • 印鑑証明書(金融機関要確認)
取引履歴の確認
必要に応じて「取引履歴」も請求をします。特に亡くなる直前の大きな出金がないか確認することで、他の金融機関への資金移動や借金の返済などの手がかりになることがあります。
口座が不明な場合
通帳が見つからないなど口座が不明な場合でも、心当たりのある金融機関に問い合わせることができます。故人の名前、生年月日、住所などの情報から口座の有無を確認してもらえる場合があります。

金融機関によっては、預金者が亡くなったことを知ると口座が凍結されることがあります。急ぎの支払いがある場合は、事前に相談しておくことをお勧めします。
現金については、故人の自宅にある金庫やタンス、財布なども丁寧に確認しましょう。家族間で「いくら見つかった」という記録を残しておくと、後々のトラブル防止になります。
プラスの財産の調査③ 有価証券
証券会社の郵便物確認
証券会社からの郵便物や取引報告書を確認します。特に年間取引報告書や配当金の案内などから、保有している株式や投資信託を把握できます。
口座管理料や配当金の振込先の通帳からも、取引のある証券会社を特定できることがあります。
証券保管振替機構(ほふり)への照会
どの証券会社に口座があるか不明な場合は、証券保管振替機構(通称:ほふり)🔗登録者情報開示請求☜することができます。この制度を利用すると、故人名義の株式等がどの証券会社で管理されているかを一括して確認できます。
請求には、相続人であることを証明する戸籍謄本等が必要です。
調査対象となる有価証券
調査すべき有価証券には以下のようなものがあります:
  • 株式(上場・非上場)
  • 投資信託
  • 国債・社債
  • 外国証券
  • 新株予約権
特に非上場株式は相続税評価が複雑なため、専門家に相談することをお勧めします。
有価証券は市場価格の変動により価値が日々変化するため、相続開始時(被相続人が亡くなった日)の価格を基準に評価します。証券会社に問い合わせれば、特定日の評価額を証明する書類を発行してもらえる場合があります。
また、株主優待や配当金の案内ハガキからも保有株式の手がかりが得られることがあります。故人の郵便物は捨てずに保管しておくことが大切です。
プラスの財産の調査④ 生命保険
保険証券の確認
故人の自宅から保険証券や満期案内などの書類を探します。生命保険会社からの郵便物も重要な手がかりになります。
生命保険会社への照会
特定できた生命保険会社に対して、契約内容の照会を行います。死亡診断書のコピーと相続人であることを証明する戸籍謄本等が必要です。
生命保険契約照会制度の利用
どの保険会社に契約があるか不明な場合は、🔗生命保険契約照会制度」☜を利用できます。一般社団法人生命保険協会を通じて、加盟している生命保険会社43社に一括して照会できる便利な制度です。
確認すべきポイント
  • 死亡保険金の受取人は誰か(被相続人か他の家族か)
  • 解約返戻金はいくらか
  • 契約者貸付(保険を担保にした借入)はないか
  • 特約還付金がないか
  • 医療保険や年金保険など、他の保険契約はないか

生命保険の死亡保険金は、受取人が被相続人以外(例:配偶者や子)に指定されている場合、法律上は相続財産ではありませんが、税法上は「みなし相続財産」として相続税の課税対象になることがあります。
保険金の請求は、発見次第すぐに手続きを進めることをお勧めします。多くの生命保険には請求期限(通常3年程度)があり、期限を過ぎると受け取れなくなる可能性があります。
プラスの財産の調査⑤ その他財産
自動車
車検証で所有者を確認します。車庫や駐車場を確認し、自動車の有無を調べましょう。名義変更には運輸支局での手続きが必要です。
リース契約の場合は所有権がないため、契約内容を確認しましょう。
美術品・貴金属
購入時の書類や鑑定書があれば価値の参考になります。専門の鑑定士に査定を依頼するのが確実です。
相続税評価額は時価(市場価格)となるため、査定書があると相続税申告の際に役立ちます。
無形財産
著作権・特許権・商標権などの知的財産権も相続財産です。継続的な印税や権利収入がある場合は、管理団体や出版社に確認しましょう。
個人事業主だった場合は、営業権や得意先なども財産評価の対象になることがあります。
暗号資産(仮想通貨)
パソコンやスマートフォンにウォレットアプリがないか確認します。取引所のアカウント情報や入出金履歴から保有状況を把握できます。
秘密鍵(プライベートキー)やシードフレーズの記録も探しましょう。専門家のサポートが必要な場合もあります。
その他にも、ゴルフ会員権、リゾート会員権、貸付金(個人間の貸し借り)、退職金の未受給分、預り敷金(賃貸物件のオーナーだった場合)など、様々な財産が存在する可能性があります。
故人が個人事業主だった場合は、事業用資産(設備、在庫、売掛金など)も調査対象です。事業承継を検討している場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。
マイナスの財産の調査① 信用情報機関
借金やローンを確認するために、信用情報機関に情報開示請求をすることが有効です。主な信用情報機関は以下の3つで、それぞれ異なる金融機関の情報を管理しています。
CIC
  • クレジットカード会社
  • 信販会社
  • 百貨店系カード
  • 家電量販店のローン
主にショッピングクレジットや分割払いの情報を管理しています。
JICC
  • 消費者金融
  • 信販会社
  • カードローン
  • 事業者ローン
主に消費者金融やカードローンの借入情報を管理しています。
KSC
  • 銀行
  • 信用金庫
  • 信用組合
  • 労働金庫
主に住宅ローンや銀行系カードローンの情報を管理しています。
信用情報機関への開示請求には、被相続人の相続人であることを証明する戸籍謄本等と、請求者の本人確認書類が必要です。手数料がかかる場合もありますが、借金の全体像を把握するためには重要な手続きです。
信用情報の開示結果から、これまで知らなかった借入先が判明することもあります。その場合は、判明した金融機関に対して残高照会を行いましょう。
マイナスの財産の調査② その他
郵便物の確認
故人宛ての郵便物を確認し、督促状や請求書が届いていないか確認します。亡くなった後でも、債権者は債務の存在を知らないため請求が続くことがあります。
特に以下のような郵便物に注意しましょう:
  • 金融機関からの返済案内
  • クレジットカード会社からの請求書
  • 携帯電話やインターネットの利用料金請求
  • 税金や社会保険料の未納通知
公共料金や家賃の確認
公共料金(電気・ガス・水道など)や家賃の引き落とし履歴から、賃貸物件や別宅の有無を確認できることがあります。
また、故人が家賃保証会社を利用していた場合は、その会社に問い合わせることで賃貸借契約の詳細を確認できます。
連帯保証契約の確認
故人が他人の借金の連帯保証人になっていないか調査することも重要です。連帯保証債務も相続の対象となるため、主債務者(実際に借りている人)が返済できない場合、相続人が返済義務を負うことになります。

マイナスの財産(債務)の調査は、プラスの財産以上に慎重に行う必要があります。調査が不十分だと、相続後に突然多額の請求を受ける可能性があります。特に事業を営んでいた方の場合、取引先への買掛金や従業員への給与未払い、リース債務なども確認しましょう。税金の滞納がある場合も、税務署や市区町村に確認することが大切です。
財産目録の作成と評価
調査で判明したすべての財産を一覧表(財産目録)にまとめることで、相続財産の全体像を把握できます。財産目録は以下のような項目で作成するとよいでしょう。
民法上の評価と税法上の評価
財産評価には「民法上の評価」と「税法上の評価」の2種類があります。
  • 民法上の評価:遺産分割協議の際に使用する評価額。一般的に時価(市場価格)を基準とします。
  • 税法上の評価:相続税申告の際に使用する評価額。財産の種類ごとに国税庁の定める評価方法があります。
不動産や非上場株式など、評価方法が複雑な財産については、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
専門家による査定
以下のような財産は、専門家による査定が必要になることがあります:
  • 美術品・骨董品・宝飾品→美術品鑑定士、宝石鑑定士
  • 事業用資産→公認会計士、税理士
  • 知的財産権→弁理士、弁護士
  • 特殊な不動産→不動産鑑定士
財産目録は相続手続きの基礎資料となるため、できるだけ正確に作成することが大切です。不明な点があれば、一時的に「調査中」と記載し、後で追加・修正することも可能です。
海外財産の調査
海外財産の種類
海外に所有する可能性のある財産には以下のようなものがあります:
  • 海外不動産(別荘、投資用物件など)
  • 海外銀行口座
  • 海外証券口座(株式、投資信託など)
  • 外国企業の株式
  • 外国年金受給権
調査方法
海外財産の調査は国内よりも難しいですが、以下のような方法があります:
  • パスポートの出入国スタンプから、頻繁に訪れていた国を確認
  • 外国送金の記録(銀行の取引履歴)
  • 海外からの郵便物
  • 国外財産調書(3千万円超の海外資産を持つ人は提出義務あり)
  • 海外の税務申告書のコピー
専門家との連携
海外財産の調査・評価には、以下のような専門家と連携することが効果的です:
  • 国際税務に詳しい税理士
  • 海外不動産の場合は現地の不動産業者
  • 海外金融資産の場合は現地の金融機関や日本の窓口
  • 国際相続に詳しい弁護士

被相続人及び相続人の国籍、居住状況により海外財産も日本の相続税の課税対象となる可能性があります。国際相続は非常に複雑なため、早めに専門家のサポートを受けることをお勧めします。
海外財産の存在が疑われる場合は、故人の海外渡航歴や職歴(海外勤務の有無)、海外在住経験などを踏まえて調査を進めましょう。特に海外在住経験のある方や国際結婚をしていた方の場合は、海外に財産が存在する可能性が高くなります。
近年では、国際的な税務情報交換制度により、従来よりも海外財産の把握が容易になっています。隠し財産として申告漏れがあると、発覚時に重い加算税が課される可能性がありますので、注意が必要です。
重要な注意点
期限を意識する
相続財産の調査は「相続開始を知った日から3か月以内」を目安に進めましょう。この期間内に相続放棄するかどうかの判断をする必要があるためです。
特に借金が多いと予想される場合は、早めに調査を進めることが重要です。
調査期間の延長申立
3か月以内に調査が間に合わない場合は、家庭裁判所に「相続放棄の熟慮期間伸長申立て」をすることで、調査期間を延長できます。
申立ては比較的簡単な手続きですが、期限を過ぎてからでは認められないため注意が必要です。
専門家への相談
財産調査は専門的な知識が必要な場面が多く、自力での完全な調査は困難なことがあります。以下の専門家に相談することで安心して進められます:
  • 司法書士:不動産登記や相続手続き全般
  • 税理士:相続税申告、財産評価
  • 弁護士:相続放棄、遺産分割協議のトラブル

専門家に依頼する際のポイント:
  1. 初回相談は無料の事務所も多いので、まずは相談してみましょう
  1. 依頼前に費用の見積りを確認しておくことが重要です
  1. 相続専門の事務所や経験豊富な専門家を選ぶと安心です
財産調査は相続手続きの中でも最も基本的で重要なステップです。この調査結果が後々の遺産分割協議や相続税申告の基礎となるため、できるだけ正確に行うことが大切です。不明な点があれば、早めに専門家に相談することをお勧めします。
まとめ:財産調査は相続手続きの第一歩
1
2
3
4
5
1
第一段階
基本的な資料収集(通帳・証書類の確認)
2
第二段階
プラスの財産調査(不動産・預貯金・有価証券・保険等)
3
第三段階
マイナスの財産調査(借金・債務・保証債務等)
4
第四段階
財産目録の作成と財産評価
5
第五段階
相続方針の決定(単純承認・限定承認・相続放棄)
財産調査は相続手続きの土台となる重要なプロセスです。この調査結果に基づいて、以下のような重要な判断や手続きが行われます:
調査結果の活用
  • 遺産分割協議:誰がどの財産を相続するかを決める際の基礎資料になります
  • 相続税申告:申告漏れを防ぎ、適正な納税を行うための前提となります
  • 相続放棄の判断:プラスの財産よりマイナスの財産が多い場合、相続放棄を検討する材料になります
専門家との連携
財産調査は複雑で専門的な知識が必要な場合が多いため、専門家と連携して進めることが安心につながります。特に以下のような場合は専門家への相談をお勧めします:
  • 財産が複数の都道府県にまたがる場合
  • 事業用資産や海外財産がある場合
  • 相続人間で遺産分割についての意見が対立している場合
  • 相続税の申告が必要な場合

財産調査は時間と労力がかかるプロセスですが、この段階で丁寧に調査することで、後々のトラブルや追加税金などのリスクを大きく減らすことができます。「知らなかった」では済まされないことも多いため、できる限り網羅的な調査を心がけましょう。当事務所では、財産調査のサポートも行っておりますので、お気軽にご相談ください。